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岸和田城プロジェクションマッピング

  • 2019/09/30

富士産業有限会社、下代勝レポート。

 

「岸和田城でプロジェクションマッピング開催!!」という事で行って来ました。

「今回、世界的アーティストの長谷川章(はせがわあきら)氏が、岸和田だんじり祭の前夜祭として、イベントを開催。『デジタル掛け軸(DーK)』と題して9月12日、13日の二日間」行われました(岸和田市公式ウェブサイトを下代要約)。

 

プロジェクションマッピングについては、昨年貝塚市の水間寺での内覧会の様子をブログでご紹介しました。今回またプロジェクションマッピングの話題ですが、

「岸和田市のシンボルとも言える岸和田城は、まだ取り上げて無かったなぁ~」

という事で今回レポート致します。

岸和田(古)城の築城の時期等については諸説あるようですが、羽柴(豊臣)秀吉の紀州征伐の拠点として再築城されようです。

その後の流れとしては、

天正11年(1583年)、羽柴秀吉は、岸和田城を中村氏の配下に置き、紀州の敵対勢力である根来衆、雑賀衆、粉河衆などの討伐を命じる。

 

天正12年(1584年)、小牧・長久手の戦い(羽柴秀吉と徳川家康の間で行われた戦い)の留守を狙って、根来衆、雑賀衆、粉河衆の連合軍3万兵が岸和田城に侵攻(岸和田合戦)。

この岸和田合戦には、「数で圧倒する紀州勢の攻撃で城が危うくなった時、蛸に乗った一人の法師が現れて、紀州勢を薙ぎ倒し、更に海辺より蛸の大群が現れ、紀州勢を退却させた。」

という蛸地蔵伝説があるそうです。

岸和田城への交通アクセスは、南海本線蛸地蔵駅から徒歩10分ですし、

岸和田市隣の貝塚市に有る林宝泉堂さんでは、しっとりとした餡子で、上品な甘さの「たこぼうずもなか」(蛸坊主最中?)が販売されており、駅名でも名物御菓子でも伝説は今も健在のよう。

 

天正13年(1585年)、羽柴秀吉は岸和田城に入城。そこから貝塚の紀州勢の城を次々と落城させ、最後に積善寺城(貝塚市南部)、沢城(貝塚市)を開城させた(千石掘城の戦い)。(Wikipediaを下代が要約、加筆)

蛸地蔵伝説は、お恥ずかしながら今回初めて知りました。

自宅で「たこ焼き」を食べている、貝塚市のお隣、更に紀州寄りの泉佐野市の市民としては複雑な心持ち。

岸和田市にある天性寺には日本一大きいとされる地蔵堂があり、地蔵菩薩(通称蛸地蔵)が祀られているそうです。一度訪れてみたいと思います。

 

岸和田城には現在、昭和29年(1954年)に再築された天守が有ります。

 

林宝泉堂

住所;大阪府貝塚市海塚一丁目六番一六号

電話;072-422-2257

定休日;木曜日

和泉銘菓たこぼうずもなか(添加物なし);10個箱入り1600円

(税込、令和元年9月30日現在)