ブログ

堺山之口商店街とその周辺(堺市)

  • 2019/05/18

富士産業有限会社、下代勝レポート。

 

最近何かと話題の堺市ですので、堺市ネタでもう一つ。

 

「“東洋のベニス”と呼ばれ隆盛を誇っていた街には、往時を偲ばせる古い街並みが残ります。」

(大仙公園観光案内所で仕入れた堺観光ガイドブックより)

とあるように、西は南海本線堺駅(堺駅観光案内所有り)と東は南海高野線堺東駅(堺東観光案内所有り)とに挟まれ、その中間を南北に紀州街道沿いに路面電車の阪堺線が走るエリア:東西約一キロ、南北約二キロの街歩きゾーンを、堺山之口商店街の筋を中心に南北に歩いて来ました。

 

南は、くるみ餅で有名な「かん袋」さん(鎌倉時代末期、1329年創業)からスタート。くるみ餅売り切れにより、本日の営業は終了。

 

紀州街道沿いの、けし餅でこれまた有名な「小島屋」さん(江戸時代初期、延宝年間1673年~1681年創業)は店舗がビル。二階には茶房が(営業時間:12時~17時)。

 

堺山之口商店街(写真添付)を通って、途中で少し西側にそれたところにあるのが「丸市菓子舗」さん(明治28年創業)。斗々屋茶碗(1600円税別)という千利休が珍重したと言われる名碗「斗々屋」の実物大の焼菓子(お饅頭)の大きさにびっくり。

 

商店街の通りに戻って更に北上すると、肉桂餅で知る人ぞ知る「八百源来弘堂」さん(創業200年以上との事)。既に営業時間(17時)を過ぎて閉まっていましたが、相変わらす渋い店構え。

 

最後は「茶房つぼ市製茶本舗(写真添付)」さん。つぼ市製茶本舗さんは嘉永3年(1850年)創業との事。営業時間の18時を過ぎていたので、隣接する堺刀司(とうじ)の刃で削られた、地場産業とのコラボも素晴らしい利休抹茶かき氷は食べ損ねましたが、町屋を利用した、ゆったりとした空間で、店員さんと色々お話させて頂きました。

これぞ「おもてなし」という体験が出来ましたが、働き方改革が叫ばれる昨今としては、申し訳ない限りでした。

 

その後、自分は阪堺線に乗って車のある駐車場まで南下。外人さん含め、多くの観光客風の人達は天王寺・阿倍野行きの電車に乗って北上して行きました。

 

以上が今回の「街歩きゾーン」レポート。

 

たまたま?甘味処中心に散策しましたが、とにかくそれぞれの店舗のクオリティー・歴史が半端ではない。それなのに、街全体としては、店舗と店舗を繋ぐ為に何かいるなと思いました。堺山之口商店街の状況もその一つ。

商店街のホームページを見ると、「堺市内で最も古い歴史と伝統を持つ堺山之口商店街。生家から近いこともあって晶子さんは少女時代、堺山之口商店街に親しみながら育ちました。現在、『晶子のふるさと山之口』をテーマに活性化に取り組んでいます。」

「与謝野晶子さんが生まれ育った場所に一番近い商店街として、ここ数年、『晶子のふるさと山之口』をテーマに活性化を進めてきました。このたび、この取り組みをより一層強化するために、堺市や羽衣国際大学その他のご支援を受けながら、各店主が集まり、知恵を出し合って、『堺山之口商店街活性化計画』をまとめました。堺山之口商店街は生まれかわります(下代要約)。」

とあるので、大いに期待したくなります。

地方の商店街の苦しい状況はどこも似たり寄ったり。前々から気になっていた商店街ですので、その成果を実感しに、また見に行きたいものです。

 

今回の感想としては、羨ましい程の観光資源を、箱物だけではなく導線の整備で盛り立てて欲しい。

その中で、堺山之口商店街が情報発信基地として中心的な役割を担って欲しい、というのが観光客の一人としての切なる願いでした。

 

「百舌鳥・古市古墳群」、世界文化遺産登録ほぼ決定の見込みとなり、おめでとうございます。

これからの更なる盛り上がりが楽しみです。